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岩手 「ホップの里」から「ビールの里」へ 遠野市の変革

2019年03月26日更新

 ホップ生産量がピーク時の4分の1に減少していた岩手県遠野市。その原因は、日本全国の農家と同じように、後継者不足でした。そこに東京の広告代理店を辞めた一人の男性が移住・就農。一般野菜を栽培する中で日本の農業の課題を感じ、スペイン料理でビールのつまみに食べられる「パドロン」という野菜を栽培・直接販売を行います。その後、ビールの原料であるホップの生産を開始しましたが、取り組みはそこで終わりませんでした。移住者が地域を巻き込んで取り組む未来像とはー。

PickUp記事:「<キリン>遠野の農家と新会社 国産ホップの供給めざし基盤強化」(河北新報2018.08.06)

遠野地域が抱える問題とは?

(1)人口減少

 遠野市の人口は、1961年(昭和36年)の38,430人をピークに減少の一途をたどっています。また、住民基本台帳に基づく2017年の出生数(外国人を除く)は、136人となっており、前年から10人の減少、 10年前から、74人の減少となっています。

 産業構造の変化や都市部への人口の移動が原因と考えられ、過疎化の問題が如実に表れています。そのため、遠野への移住加速化対策や交流人口の増加対策が急務となっています。

遠野市の人口推移

(データ出典:国勢調査)

(2)ホップ生産量の減少

岩手県のホップ生産は、2017年の実績としては、栽培面積53ha、生産量116tとなっており、全国の作付面積の約4割を占め、国内第1位のホップ産地となっています。

 しかし、現在の遠野のホップ生産量は、ピーク時の4分の1に減少。近年、農家の高齢化により、生産者及び栽培面積が減少傾向にあります。

 その原因は、高所での作業が必要であったり、良質なホップの選定作業が必要であり、高齢者が行うには困難が伴うためです。

 また、ホップ生産に新規参入するには、特殊な機械の購入が必要になるなど、初期投資が大きいことが障壁となっています。

ホップの写真

(引用:The Royal Scotsman HP

遠野アサヒ農園が始めた新しい取り組み

本事例の「遠野アサヒ農園」代表の吉田敦史氏は、10年以上勤めた東京の広告代理店を辞め、奥様の出身地である遠野に2008年移住し、新規就農しました。

一般野菜の栽培から始まったが、自分で直接野菜を販売することを考え、特色ある野菜「パドロン」の栽培を2011年に開始。2013年東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクトに参加、遠野パドロンプロジェクトを立ち上げました。その後ホップ栽培を開始、規模を拡大しています。

そして農業にとどまらず、2015年から始めた「遠野ホップ収穫祭」は、毎年規模を拡大し、今年(2018年)は7500人以上が参加する大規模なものとなりました。

地元の農家さんの説明を聞きながら、ホップの収穫体験をしたり、乾燥工場の見学をしたり、その地域にしかない「コト」を楽しめます。美味しいビールと遠野の旬の食材を味わいながら一緒に収穫を祝う「体験×食」のイベントとなっています。

20182月には、キリンから一部出資を受けBEER EXPERIENCE社(以下BE社)を創業。大規模機械化を進め、生産基盤の強化を目指しています。

また、ホップ収穫体験などで観光客を呼び込む「ビアツーリズム」も事業の柱に据えています。地域おこし協力隊を研修生として受け入れ、就農研修を行っています。

パドロンの写真

(引用:ATRACTIVO HP

遠野地域の成功の要因

(1)三者の思惑の一致

遠野地域が現在これだけ様々な取り組みが起こり、盛り上がりを見せているのは、遠野アサヒ農園、キリン、遠野市の三者の思惑が合致したことが一番大きい要因です。

まず、遠野アサヒ農園の立場としては、他者との差別化のためのパドロン栽培を行っていたが、キリンの東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクトに参加したことで、パドロンの目新しさも相まって生産・販売が軌道に乗りました。また、ホップ生産も開始し、今回キリンなどから出資を受けたことで大規模機械化など規模の拡大を図れる体制を整えています。ビアツーリズムにも取り組み、確実に事業の拡大にこぎつけています。

次に、キリンの立場としては、CSR(企業の社会的責任)の為の取り組みとしての活動を行うことで、自社の企業的価値・イメージの向上に結び付き、顧客のエンゲージメントも着実に高まる活動といえます。また、ビールの原材料であるホップの生産を支援することで、ホップの安定供給が可能となり、ビール生産の安定性が増すことに繋がります。そして、ビールの味を決めるうえでホップは重要な役割を演じており、今後ホップ品種の多様化により他社との差別化にもつながる取り組みといえます。さらに、遠野にビール文化が根付き、「ホップの里」から「ビールの里」になれば、消費量の落ち込むビールの愛好文化の復活にもつながることが期待できます。

それに対し、遠野市とすれば、市内においてホップ生産が盛り上がることで、住民の収入・雇用・移住者の増加につながる可能性があり、過疎化対策になります。また、ビアツーリズムなどの取り組みが盛り上がることで、観光客の増加が見込め、交流人口が増加することで商業の発展にも結び付けられることになります。ひいては税収の増加も見込めます。

 (2)ストーリー性

また、遠野地域がこれほど盛り上がりを見せている背景には、そのストーリー性があることも大きな要因となっていることが考えられます。

遠野という人口減少と産業の衰退に喘ぐ地域に、東京から移住してきた男性が就農し、一般野菜の栽培を始めるも、消費者の声が直接聞けないことに疑問を持ちます。そこで目新しいパドロンというビールのおつまみになる野菜の栽培を開始し、これまでの自分の知識・人脈・経験を活かして直接販売に挑みます。その過程で参加した取り組みでプロジェクトを立ち上げ、その後ビールの原材料であるホップ生産を開始。やがて農業のみならずビアツーリズムといった観光にも取り組みを広げて、地域に人が集まります。そういった、ビールを軸とした成功物語を現実に見せられている感覚が、人を引き付けているのではないでしょうか。

 「ホップの里」から「ビールの里」へ

遠野アサヒ農園が活動を続ける中、遠野地域における新規就農者が過去4年で7人と、着実にホップ生産の広がりを見せています。また、遠野アサヒ農園で受け入れている研修生は、独立を目指し経験を積んでいます。

「ビールの里」というビール文化の地への発展のためにどうしても必要となるのが、個性的なクラフトビールを醸造する規模の小さな「マイクロブルワリー」。その数も続々と増えています。

BE社も、今後、自らビールを醸造するマイクロブルワリーになることを企画しています。六次産業化の観点からも面白い試みですね。

遠野地域は、将来的には、集落や地区単位で小さなブルワリーやパブが生まれ、遠野産ホップを使った遠野産クラフトビールを味わうことができる地域づくりを目指しています。

また、実際のホップの生産現場や醸造所、町の飲食店を巡るイベントやツアーを通して、遠野の魅力を発信し、移住者や交流人口が増えることを期待しています。

このように、遠野アサヒ農園の吉田氏が中心となり、地域を動かし、新しい価値を生み出し続けており、常に目が離せません。

(引用:マイナビ農業)